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大阪地方裁判所 昭和55年(わ)5275号 判決

主文

被告人を懲役七年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

押収してある文化包丁一本(昭和五五年押第八五〇号の1)を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和五四年一一月頃、大阪市内のアルサロでホステスをしていた丙山光子(昭和三二年三月二一日生)と知り合い、同年一二月初め頃同女と肉体関係を結び、翌昭和五五年一月中頃に同女が他の店に移つてからも引き続いて同女との関係を続け、次第に同女に愛着を覚えるようになつていつたところ、一方で同女との関係が妻に知れてもめたことから、同年二月中頃、妻と協議離婚し、同年三月四日、右丙山光子と婚姻して肩書住居地において二人で生活を始めるようになつた。ところで、同女は幼児期の病気によつて知能の発育が遅れ、両親や、隣家に住む母親の妹夫婦山田一郎、フサらの庇護のもとに養育されていたもので、中学校卒業後はたびたび家出をし、その都度連れ戻されたことがあり、被告人と知り合つたときも家出中であつたが、同女は約一年ぶりに母親丙山ハナらに連絡をとり被告人と婚姻した旨を伝え、被告人と一緒に実家を訪れて紹介するなどし、母親や山田夫婦も二人の結婚を了承した。

被告人は、丙山光子と婚姻する少し前頃から、同女の知能が遅れ、また、これまでたびたび家出をしたことがあることを知つたけれども、何とか結婚生活を続けられると考えていたが、家出をしていたときの異性関係が予想以上に多いらしいことを次第に知るに及んで、嫉妬心から同女の過去の異性関係を問い質そうとするようになり、同年六月中旬頃、同女の顔面を殴打するなどの暴行を加えたため、同女はその翌日実家に帰つてこのことを母親丙山ハナらに訴えた。光子が実家に帰つてしまつたことを知つた被告人は、当日夜、丙山方に出かけて丙山ハナや山田夫婦に謝罪したが、許してもらえなかつたため、その翌日ころ、自署押印した離婚届用紙を持つて丙山方を訪れ、今後光子に暴力をふるうようなことがあつた場合は離婚されてもやむをえないという趣旨でこれを丙山ハナらに渡して謝罪したが、同女や山田夫婦の怒りは容易におさまらず、被告人は同女らからきつく叱責されて光子に会わせてもらえなかつたばかりか、当分の間別居するように申し渡されてしまつた。そのため被告人は、自棄を起こして当時支給されたボーナスなどを競艇につぎ込むなどして気をまぎらわそうとしたが、同女と別れて暮らすことに耐えきれず、同年六月二三日頃に丙山方に赴き、光子が一人でいた機会に乗じて同女を説得して自宅に連れ帰つた。これを知つた丙山ハナらは怒つたが、二人の同居生活をやむをえないこととして一応これを認めることにした。

こうして被告人と光子とは再び同居生活を始めたものの、それまでに借りたサラ金業者や共済組合等からの借金がかさんでいるうえ、ボーナスも費消してしまつていたため生活費に窮し、光子に右の事情を説明してキヤバレーで働いてもらつたが、同年九月一五日頃には所持金はほとんど底を尽いていた。しかし、被告人は、自分の給料日も近いし、光子の週給もはいると楽観し、光子の反対を押し切つてサラ金業者から借金して二人で旅行することを計画していたが、同月一六日、光子は実家に電話をして「甲野がサラ金からまた金借るいわはる。米を買う金もない」などと母親に訴えたことから、同女は夫を迎えにやつて光子を実家に連れ戻した。被告人は、帰宅すると同女の姿が見えなかつたため、同日夜にさつそく丙山方にかけつけたところ、光子の話を聞いていた山田一郎らから「光子をアルサロで働かせた」などと難詰され、頭をこづかれたりして追い出されてしまつた。そこで被告人は、最寄りの警察署に行つて、光子の保護願について相談するとともに山田一郎から暴行を加えられた旨の被害申告をしたところ、警察官は光子や山田一郎らを呼んで事情を聞き、被告人に光子と話をさせてくれたが、その際、同女は「しばらく考えさせてください」と言つたため、被告人は一人で帰宅したが、翌同月一七日には、丙山ハナは山田夫婦と相談のうえ、光子を同道して区役所に出かけ、被告人から先に預かつていた前記の離婚届用紙を使用して被告人と光子の離婚届を提出してしまつた。一方、被告人は、しばらくは光子と別居せざるをえないと考えて、同日夜、同女の当座の生活費として三万円をもつて丙山方に赴いたところ、丙山ハナから「既に離婚届を出した」と言われ、また、山田一郎からも「もう夫婦ではない。光子と関係をもつな」ときつく言い渡され、示談書作成を口実に光子と会おうとしたが、同女と話をさせてもらえないまま帰宅を余儀なくされた。

(罪となるべき事実)

被告人は、丙山光子(当時二三年)との結婚生活を続けたいと強く望んでいたのに、同女の母親丙山ハナから離婚届を出したと聞かされ、光子の真意もわからず被告人としても納得がいかなかつたけれども、これまでのいきさつから見て同女との復縁は不可能であろうと考えて苦悩するうち、昭和五五年九月二一日夜、こうなつたら光子の真意を確かめ、できれば同女を連れ戻したいが、同女との復縁が無理であれば同女を殺害して自殺しようと考えるに至り、翌同月二二日午前九時頃、自宅にあつた刃体の長さ約17.2センチメートルの文化包丁一本を隠し持つて自宅を出たが、直ちに丙山方に赴く決心もつかないまま時間を過ごし、漸く同日午後一時四〇分頃になつて大阪府高槻市○○○二丁目△番○○号所在の丙山方に赴いたところ、丙山方玄関出入口で立ち話をしていた光子の母親と叔母山田フサに自分の姿を見られたため、改印届をするために来たとその場を取り繕つて山田フサに印鑑を取りに帰らせる一方、丙山方玄関出入口の光子の履物を見て同女が屋内にいることがわかつたので、光子の母親に「光子に会わせてくれ」と頼んだが、丙山ハナは「もう、あんたとは関係ない。会わんといてくれ」と言つて玄関出入口に立ちふさがつて被告人を中に入れようとしなかつたため、被告人は、同女を押しのけて丙山方奥八畳間にあがり込み、同所にいた光子の首に左腕をまわし、隠し持つていた前記包丁を右手に持つて同女の首筋に突きつけ、「話するだけやから、出ていつてくれ」と申し向け、被告人のあとを追いかけてきた丙山ハナや騒ぎを聞いて駆けつけた山田フサとその息子を遠ざけたうえ、包丁を畳の合間に差し立てて、光子に実家に帰つた理由を聞いたところ、同女は真青な顔をして震えながら「サラ金がこわかつた」などと答えたが、そうするうちに同日午後一時五〇分頃、連絡を受けて駆けつけてきた山田一郎が家の中に入つてきたため、被告人は、再び前記包丁を光子に突きつけて山田一郎を戸外に出したものの、このような大きな騒ぎになつて光子との復縁は望むべくもないし自分は職を失うだろうと考えると、もはや自殺するしかないと思い込み、同女を殺害したうえ自殺しようと決意し、前記包丁を同女の首筋に突きつけたまま「もうあかんわ。一緒に死んでくれるか」と同女に申し向けると、同女が真青な顔をして震えながら頭を縦に振つたのを見て、直ちに、殺意をもつて同女の首を三、四回、次いでその背中を六、七回前記包丁で突き刺し、よつて、即時同所において、同女を心臓並びに胸部大動脈刺創に基づく出血失血により死亡させて殺害したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(承諾殺人罪の成否について)

一弁護人は、本件において、被告人が丙山光子を殺害するにあたつて同女の承諾があつたので承諾殺人罪が成立するにすぎず、仮に同女の承諾が承諾殺人罪にいう承諾の要件を欠くとしても、被告人は同女の承諾があつたものと誤信して殺害行為に及んだのであるから、事実の錯誤により承諾殺人罪が成立するにすぎない旨主張するので、以下、検討する。

二関係各証拠によれば、被告人は、前示のように「もうあかんわ。一緒に死んでくれるか」と申し向けたところ、被害者丙山光子が頭を縦に振つてうなずいたような動作をしたことが認められる。判旨しかしながら、そもそも同女の右のような動作を、自分が殺されることを認識したうえでこれを承諾する旨の意思表示をしたといいうるか疑問であるばかりか、仮に同女が被告人の右発言を聞いて自分が殺されることを知つて頭を縦に振つたとしても、それをもつて刑法二〇二条後段にいう承諾があつたと認めることはできない。すなわち、同条後段にいう承諾があつたとするには、それが被害者の任意かつ真意に出たものであることを要するところ(最高裁昭和三三年一一月二一日第二小法廷判決・刑集一二巻一五号三五一九頁参照)、関係証拠によれば、丙山光子は、被告人と別居したことや離婚届を出したことで格別衝撃を受けたり、或いは悲しんだりしたような事情は認められないのに、被告人は、復縁がかなわなければ光子を殺して自分も死のうと考えて、犯行当日いきなり丙山光子のいる部屋にあがり込み、同女の肩に左腕をまわし、右手に持つた包丁を同女の首筋に突きつけて同女の母親らを遠ざけ、さらに、これらの人々が被告人の言動に恐怖して戸外で騒ぎ立てていたため、復縁はかなわないと感知して「もうあかんわ。一緒に死んでくれるか」と言つたときも、被告人は包丁を光子の首筋に突きつけており、その間同女は真青な顔をして震えていたことが認められるのであつて、このように兇器を間近に突きつけられて恐怖の只中におかれた同女が頭を縦にふる動作をしたとしても、これをもつて殺されることについて任意かつ真意に基づいて承諾をしたものと認めることは到底できない。

三さらに、本件において、錯誤によつて承諾殺人罪が成立するかについて検判旨討するに、刑法二〇二条後段にいう承諾があつたことについて錯誤があつたというためには任意かつ真意に基づく承諾があつた旨の誤信をすることを要すると解されるところ、前記のとおり、被告人は、丙山光子が刃物を間近に突きつけられ、真青な顔をして震えながら頭を縦に振つたと思つて、直ちに同女を突き刺しているのであつて、同女が当時任意かつ真意に基づいて承諾をなしえないような状況のもとに置かれていたことを被告人も十分認識していたことが認められ、その他に右認定を左右するに足りる証拠は見出し得ない。よつて、この点に関する弁護人の主張も採用することはできない。

(法令の適用)〈省略〉

(量刑の理由)

被告人は、判示のとおり、被害者との復縁が望むべくもないことから被害者を道連れに死のうと企て、恐怖にかられて何の抵抗もできない被害者を滅多突きにして即死させたもので、その動機は自己中心的で身勝手きわまりなく、その態様は残虐であり、また結果は重大である。かかる兇行によつて無残にも当時二三年という若さで一命を奪われた被害者に対してはまことに同情を禁じえず、また、一人娘である被害者の安全を願つて被告人の言うなりになつたにもかかわらず被害者をかように殺されてしまつた母親及びこれまで幼少のときからその庇護に心を砕いてきた叔母夫婦の心痛と悲嘆は察するに余りある。また、被害者の遺族の気持は何をもつても癒し難いものであるにせよ、被告人からは満足のいく慰藉の措置は講ぜられていない。

これらの事情を併せ考えると、被告人の刑事責任は重大であるが、他方で、本件は被告人が被害者との結婚生活を希求し、その望みが断たれたことに絶望して無理心中を図り、被告人も自殺しようとして重傷を負つたという事案であること、被告人はこれまで前科・前歴はなく、まじめに働いてきたものであり、現在改悛の情も認められ、被害者の冥福を祈つていること、また、被告人の弟において遺族に香典として金三〇万円を提供し、被告人の刑終了後はその更生に助力したい旨供述していること等の被告人のために酌むべき事情も認められるので、以上の諸事情を勘案するときは被告人に対しては主文のとおり量刑するのが相当であると思料する。

よつて、主文のとおり判決する。

(井上武次 川上拓一 二本松利忠)

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